引きこもりでも簡単に出来る!コミュ障改善の方法

どうもこんにちは。
ユウユウです!



今回は最低限のコミュ障対策で世の中十分だという
お話をさせていただきます。



さてさて、突然のカミングアウトですが、

私は超引きこもりですよ。




どれぐらい引きこもりかと言いますと、
そうですね。

最近人気のアプリがあるじゃないですか。
ポケットなモンスターのトレーナーになるやつです。
ポケモンGOってやつです、GO。



あれってゲームの目的として、
外に出て公園とか街道とかに行ってスマホ開いて
ポケットなモンスターを捕まえないといけないらしいんです。

つまり外出するし、流行っているということは
程度は違えど、たくさんの人がいる場所へ飛び込む必要がある。



人混みに出るのはたるいし無理!
という理由でやっていないくらいには
引きこもりです。

※この記事はポケモンGOを批判、否定する内容ではありません。
 画期的で面白いゲームには間違いないと思います。




そんな私でも、普通に笑顔で接客業やってますし、
お客様や職場の人たちとの会話も結構はずみます。


休日は月に一度くらい
日光浴びないと死んじゃうよねくらいの感覚で
古本屋巡りやボードゲームやりに外出します。
外出しても目的は室内という辺りが現代人ですよね。

男のくせに日傘差しますし。




話が脱線しましたね。

要は、そんな対人したくない私でも手に入れることの出来る
必要最低限のコミュニケーション能力。

つまり誰でもこの方法を使えば
コミュ障と呼ばれる状態から
人並みに脱却できるというわけです!



これさえあれば、少なくとも職場で困ることは無くなります!

上司に意見できない!とか同僚と飲み会できない!とか
そういう悩みが完全になくなります!


飲み会に行くかどうかは個人の自由ですが。
社交辞令として変なストレスを抱え込まないように、

出会ってしまった飲み会というイベントを、
出来れば楽しく過ごす余裕が持てる様に、


是非最後まで読んで実践してみてください!




~コミュ障を治す要因~


コミュ障は会話が下手というよりかは、

自分に自信が無かったり、相手が怖かったりして

うまく会話の波に乗ることが出来ないことが原因です。


基本的にはいじめられた経験がある人や、
失恋のショックが大きかった人に
起こりやすい症状であると言えます。


会話下手であるだけではコミュ障とは
呼ばないと思います。

会話下手だから言いたいことを言えず、いじめられた。
会話下手だから会話が弾まずに、フラれてしまった。

こんな経験があるから相手を怖がるようになり、
対人関係を恐れる様になり、
コミュ障と呼ばれるのではないでしょうか。


もはやコミュ「症」と言っても良いでしょう。
これは立派な症状を表していると思います。


これってつまり、経験があるから自分は誰と会話をしても
相手を不快にさせてしまうし、傷つけてしまうだろう。

そう思い込んでしまっていることが要因であると言えます。


思い込みです。


そしてこの思い込みは歪んだ方向に発展していきます。



コミュニケーションは会話でしか成立しない。

つまり会話が下手な自分はコミュニケーションを成立出来ない。



このように思ってしまい、解決策が見いだせなくなる、
というわけですね。


でも周囲を見ると、別に会話が上手くないと
人と付き合えない人ばかりではないことに気が付きます。

では何が一番の原因なのでしょうか。



私の知人に、いわゆる会話下手な人間がいます。
どれくらい会話下手なのか実際にあった会話を例にします。


私たち二人は今、カブトムシの話をしてるところです。
カブトムシのメスに角ってあったかなという話題が展開され、
結論としてメスに角は無いよね、という話で終わりました。


話題が切り替わり、今度は全く関係の無いパスタの話です。
おいしいパスタの材料としてムール貝が良い、
なんて話になったところです。


青文字が彼のセリフ、黒が私のセリフです。



ムール貝を使うと良いってよくテレビで紹介されるけど、
 ムール貝ってあまり万能的な食材じゃないっぽいし買いづらいよね」

「貝の殻って食べるとき邪魔だよね」

「うん?うん、まあそだね」

「お味噌汁のアサリもめんどいよね」

「アサリ?ああそうね、アサリじゃパスタの代用にならないのかね」

「でもやっぱり例外としてカブトムシのメスには角があるやつもいるんじゃないだろうか」

「何で急にその話に戻ったの!?」

「ちょっと調べてみよう。スマホを出してと」

~検索結果~

ムール貝って殻にごはんを詰められるんだって」

「カブトムシの角は!!?」


こんな感じです。
彼はつまり、会話の順序がめちゃくちゃになってしまうんです。
これは本当に素でやっているので手に負えません。


そんな彼は新卒でシステムエンジニアになりました。

まずこの時点で既に面接を突破しているわけですから
彼はコミュ障ではありません。
しかし彼は幼稚園の頃から全く変わらず会話下手でした。


さて、彼はSEとして、仕事をこなしていきます。
SEなわけですから、最低限の会話で注文者などと連携をとり
業務を遂行していくことになります。
そこでも会話下手でトラブルになったことはありません。

彼は会話下手なので、話がめちゃくちゃです。
なのに職場で何の問題もなく過ごしており、
友人も私よりずっと多くいます。

最近彼はツイッターを始めたみたいですが、
リアルの友人だけでフォロワー数が200を超えていました。


一体なぜ、と私は考えました。



彼は、人の長所を見つけるのが有り得ないほど上手でした。

そして、それを素直に褒めてしまうのです。


どんな人間のどんな些細な長所をも、決して見逃さず、
それを素直に、単純に伝えることが出来ます。


そういう人は、人とコミュニケーションを取れます。

何故ならば、
彼は相手のことを考えることが出来る人間だからです。


コミュ障の一番の原因は、過去の経験から

相手のことを考えることが出来なくなっている

ことにあります。


どうしても他人が怖かったり、あいつはきっと自分を裏切ると
そんな風に思ってしまうことが原因となっているのです。


ですから、コミュ障を治すには相手の長所を見つけ、
褒めてあげればいいわけです。


なんでしたら、相手の長所を見つけるだけでも
少しずつコミュ障は治っていきます。



とにかく相手のことを考えるようにすればいいのです。

相手の長所が分かれば相手を考える様になる。


そして、その後どうすればいいのか。

相手が嬉しいと思うことを言ってあげたり、
してあげたりすればいいだけなのです。

相手が言われて嬉しいことというのは、
つまり自分が言われて嬉しいことでもあります。

これというのは、相手のことを考えられるようになれば、
勝手に理解することが出来る様になるのです。



相手だって人間です。
しかも大体の場合は同じ国の人間です。

ただ、どうしても現代社会、相手を考える余裕が無いような
雰囲気に飲まれていきます。
特に日本だとその様子が顕著です。


ですから彼の様に、相手のことを考えられる人間というのは、

それだけでもう、対人関係に悩むことなど無くなるのです。


そうなれば、職場の対人関係に困ることなど
一切なくなるというわけです!



~訓練方法~


では、相手の長所を見つけてみて下さい。

と言われて急に出来たらそれが一番ですが、
中々うまくいかないものです。

私のような完璧主義の出身者であれば、
相手を信頼したりすることは非常に難しい。


けれども、自分の短所と相手の長所を見つけることは
なんか鬼の様に得意な場合が多いのです。


さて、長所を見つけて話しかける訓練ですが、

多くのコミュ障改善の方法でも言われているように、

やはり一番いい方法は場数を踏むということです。


しかしまあ、私のような引きこもりには
その踏む場が見つかりません。


第一、人が怖くて引きこもっている人だっているのに、
まずは一人目挑戦してみようと言われても、
中々その一歩は踏み出せないことでしょう。



さて、では引きこもりでも出来る方法とは何でしょうか。



そうです。

インターネットの世界に飛び込みましょう。


インターネットって本当に便利ですよね。

今や自宅に居ながら地球の裏側の人と会話出来るんですよ?


これを使わない手はありません。

インターネットの掲示板、特に、自分の居心地が良い掲示板で
色々とチャットをしてみて下さい。


チャットの相手の良い所を見つけたら、
それを褒めればいいのです。


私の例でいうと、
私は、以前うつ病にかかっていました。
一時期は自殺を考えたりもしました。

だから自殺相談の掲示板が非常に居心地が良かったのです。


そこにチャットを、というより相談をして、

相手が優しい言葉だったり、時には厳しい言葉だったりを返してきます。
相手の、私の長所を見つけてくれるところが長所。
相手の、人を励まそうと頑張っているところが長所。

こんな風に長所を見付け、
そして相手にありがとうと言ってその長所を伝えます。

励まされて、私も人にお礼が言えて、自信がつきました。



この経験があったから、接客業でも同じように
相手の長所を見つけ、褒めて、会話が弾みます。


すると、職場の人間関係で悩むことは一切なくなります。



~最後に~


コミュ障を治すには、

・話題の広げ方を覚える
・リアクションを出来る様にする
・相槌を覚える

などなど、色んな方法があります。


しかし、私はこれらはコミュ障が改善策だと言われて、
「はい出来ます、やってみます」なんてことには
ならないと思います。


その話題の広げ方を覚えても、リアクションを出来る様にしても、
相手が怖いのではいつまで経ってもコミュ障は治りません。

もっと簡単に、そして引きこもっていても出来る治し方。


それでいて確実に自分の自信につながる最低限のやり方。


私はこれで職場の人間関係に悩むことがなくなりました!


実践で困ったら相談にも乗ります。
ぜひ一度、お試しあれ!


今回はこの辺りで記事を結びます。

最後まで読んでいただき、大変にありがとうございました!

職場で人気者になれる!寛大な心を持った優しい人になる方法

どうもこんにちは
ユウユウです!



以前ブログの記事で、

「優しい」と「人当たりがいい」は違う!


ということをお話させていただきました。


その時は、そんな上司を見極めよう
そんな風に上司と付き合おうという
お話でした。



今回は私たちの方が優しくなる番です。
優しい心を持つ方法について
お話させていただきます!



上司にあなたが優しさを求める様に、

他の人だってあなたに優しさを求めています。

ですから、この記事を読んで、

あなたが少しでも優しい心を身につけられれば、



あなたは理想の同僚。

理想の部下。

ひいては、

理想の上司にだってなれるのです。


職場の人間関係にあなたが携わるだけで、

職場がとても明るくなって、

皆が気分よく仕事が出来る様になる。


それって、あなたが優しい心、寛大な心を持っていれば、

簡単に得られる未来です。



そんな未来への手助けが出来ればと思います。

どうか、最後までお付き合いくださいませ。




~優しい心を持つには~


何度も繰り返すようですが、

優しい人というのは、
人当たりが良い人、
というわけではありません。

優しい人というのは、
なんでも引き受ける人、
というわけでもありません。


それだけでは、ただの人気取りになってしまいます。


本当の優しさは相手を想うことです。


と、言われても漠然としすぎて
何が何やらですよね。

では少し細かく見ていきましょう。
優しい人というのは、こういう人のことを言います。



・失敗を何度もしている人
・客観的に物事を見ることが出来る人
・人のせいにしない人
・人と比べない人
・自分をさらけだせる人


こんな完璧超人いるのかよ、と思いたくもなりますが、

実際は気づいていないだけで、あなたの周りにも
こんな人は実際に確実にいます。


というのも、これらの条件というのは、
いわゆる「できる人」にも当てはまるからです。



では、こんな人になっていくにはどうしたらいいのか、

少しずつ実践していきましょう。




・人に優しくしてみる

読んで字のごとくです。
優しくというのは、行動で示すことも出来ます。

身近な小さなことからやってみるのがいいでしょう。


道に迷っている人に道を教える。
風で倒れた自転車を起こすのを手伝う。
ゴミ拾いをしてみる。


世間一般的に言われているような「善行」みたいなものを
思い出したときでいいので、意識してやってみる。


そうすると、次第に自分の心に素直になっていきます。

自分が優しくなろうとしているのですから、

優しくなっていく自分の心に喜びも見出すでしょう。

そうなれば、あとはそれを繰り返していくだけです。




・言いたいことを我慢してみる

世の中は本音と建て前の社会である、なんてことを
よく耳にしますよね。

そして建て前とは基本的にあまり
気持ちのいいものでは無いと認識されています。


でもどうして建て前は無くならないのか。

それは本音ばかりでは簡単に相手を傷つけてしまうからです。


優しい嘘、とでも言いましょうか。

言いたいことをぐっと我慢することで、

無意識的に、しかし確実にあなたの心には
優しい心が芽生え始めます。




・なんでも平等に考える

特定の人にだけ優しさを見せると、かえって失敗します。

優しい人は周囲との距離感も気にします。

ですのでどんな人にも平等に接する事を意識しましょう。

誰にでも分け隔てなく優しくする事で
あなたは周囲から優しい人だと見られます。

優しい人だと見られることで、
本当に優しくなっていくものです。


以上の三つをぜひ、実践してみて下さい。

きっと優しい心になるはずですから!





















ふう、さてさて。


ここまで読んだ皆さんの中には、
こんな風に思われた方もいらっしゃるのでは?


「なんだよこの綺麗ごと立て並べたような訓練方法は」

「こういうスピリチュアルめいた話で、本当に優しくなれるの?」

「イチさんこれ本当に実践して優しい心手に入れたの?」




はい。実践したのは本当です。

しかし、少しだけゴールが違います。

もう一つ、やってほしいことがあります。

それが、






・上記三つを、失敗して大恥をかくまで続ける



ことです。

はい。これに尽きますね。



そもそも私の様に完璧主義の出身者は、
こんな風にコツコツと何かを続けることが
非常にかったるいと思う生き物です。


ゴールが先にありすぎるので、
人に優しくしようとか、平等に考えようとか、
そんなことを言われても止め時が分かりません。


一生続けるなんてことを言われたら
げんなりしてしまいます。
それこそ耐えられません。


なのでゴールを設定します。

しかもバッドエンドになるように。



人に優しくする際、例えば電車で座席を譲るとき、
「結構です」と断られることもありますよね。
それで一度立ち上がったのに、もう一度座っちゃうみたいな。

周囲からは、なんだか笑われているような気もしてきます。



言いたいことを我慢している時に、
相手の言葉にずっと相槌を打ち続けていたら、
私が本音を言わないものだから、却って怒られた。

そして本音を言ったら、やっぱり怒られた。



なんでも平等に考えて接していたが、
やはり特別視してしまう上司とかいますよね。
そのせいで同僚にあまりいい顔をされませんでしたとさ。


こんな風に失敗をして、一度大恥をかきましょう。


とても大きな失敗を繰り返していきます。
もう二度とそれをやりたくないと思います。

それを三回くらい繰り返します。


そして、次はその失敗をリカバリーする行動をとります。


絶対に「やらない」という選択だけはしないように。
座席を譲らないのではなく、譲って断られたら
どうやったら恥をかかずに済むのかを考えます。



するとですね、嫌でも人に優しくすることが出来る様になります。

自分が一番そのつらさを理解しているからです。



失敗を何度もしている人になれます。

誰をも平等に見るというのは客観視が出来ている証拠です。

人のせいにしなくなります。というか出来なくなります。

人と比べなくなります。やはり、平等に見る様になります。

恥を知っている分、自分をさらけだせる人になれます。



これらを経験して、あとは普通に生活しているだけで、
気がついたら周囲の人から慕われます。
少なくとも、頼られるようになります。

「できる人」は、「優しい人」です。



~最後に~


愛なき時代に

生まれたわけじゃない

強くなりたい

優しくなりたい


これは斉藤和義さんの楽曲
「やさしくなりたい」の一文です。
私の大好きな曲です。


優しくなることと、強くなることは同じです。


理不尽な世の中に生まれたことを実感して、
大恥をかいて、失敗して、学んで、
世の中、捨てたもんじゃないなと知って、
そうやって人は強く、優しくなっていくのだと思います。


ただ、その方法がわからないから、
ただそれだけで優しくなれないというのでは、

本当に、勿体ない話だと思います。

私の知識が少しでもあなたのお役に立てたのならば、

それほど嬉しいことはございません。




今回はこの辺りで記事を結びます。

最後まで読んでいただき、大変にありがとうございました!

「自分を取り繕ってしまう」癖を、さくっと取っ払う方法

どうもこんにちは。
ユウユウです!




突然ですが、皆さんは
こんな経験ありませんか?


遅刻をしてしまったり、失敗してしまったり。
してしまったものは仕方がないので、ちゃんとした社会人は
素直に謝り、次は二度と無いように真剣に努める。


しかし、ここで遅刻や失敗をした自分が恥ずかしいので、

「いや、実は電車がホント、止まっちゃって!」

とか、

「や、私はちゃんとやっていたのですがAさんがですね!」

とか。

相手に対してついつい言い訳をしたり、
環境とかのせいにしてしまったり。


あるいは、言い訳をしないのですが、

「次頑張ります!」

と景気のいい返事をしてみたものの、
結局何を頑張ればいいのか全然考えなかったり。



自分を取り繕ってしまうその気持ちはわかります。
私も見栄っ張りなところがあるから、
景気のいい返事だけをしてしまうこともありました。


ですが、こういった行為を繰り返している人は、
その場しのぎで取り繕うとしてしまうから、
結局同じ失敗を繰り返してしまう。


ここで気を付けることは、
「同じ」失敗を繰り返すということです。
これは本来、社会人はやってはいけない禁忌です。



さて、今回の記事では、
取り繕ってしまう自分を治していく方法
についてお話します。



前回お話した真面目系クズに通ずる欠点でもあります。

なので、そんな自分を治していかないと

将来どうなってしまうのか、
想像に難くないと思います。


そうです、単純に自分の居場所がなくなります。




取り繕ってしまう人というのは、
周囲に強制して辞める様に言われても、

絶対にやめません!


これは自分がそうだったからというのもありますが、

本当に強制されて辞めた人を見たことが無いから断言できます。


その人のその場しのぎが悪いことだと責めていると、
その人はどんどんメンタルで追い込まれて、
ますます取り繕うことで危機回避をするようになります。



これというのは、つまり取り繕うという行動は、
自分をよく見せたいという思いから生まれます。

そんな人が失敗をすれば、それはとてもカッコ悪いことだと
理解しているので、少しでもリカバリーをしようと
自分を取り繕うのです。


そのリカバリーを否定されてみて下さい。

自分は何も出来ない人間だ。自分はとても無様だ。

こう思い、そしてそんなカッコ悪い自分は、

何を優先してでも絶対に許すことが出来ません!


何よりも、どんな方法でもそんな醜態な自分を
他人に見せたくないので、結局はその場しのぎに頼ります。
一刻を争うので、失敗を検証する余裕がありません。


そしてまた取り繕い、周囲から非難され、
また無様な自分が許せなくなって・・・。



想像しただけで、ものすごい悪循環です。



取り繕うことを否定したことによる荒治療が
実を結んだ例は、少なくとも私は
見たことがありません。


こんな風には、なりたくないですよね?



言いたいことをはっきり言うのは強いことです。

自分を取り繕わないというのも、強いことです。

職場で「あの人言い訳がましいね」とか言われないように、

「あの人素直に意見を言うんだな」と思われる。
そうなればあなたの評価はどんどん上がっていきます。

人は素直になるのが難しいので、
素直になっている人がいるというのは、
それだけで高評価になります。


是非、そんな自分を一緒に目指していきましょう!




~取り繕ってしまう自分を治す方法~


結論から言えば、治すためには、

カッコ悪い自分を受け入れる。

ようになればいいわけです。

そうすると、失敗を検証する余裕が生まれ、
リカバリーの手段を模索し始めます。


おススメの方法は、前回同様、

自分の欠点をリストアップしていくこと。

に尽きると思います。



自分の嫌な部分、嫌いな部分に加え、

今回は失敗してカッコ悪いなと思う部分を
紙に書いてどんどん目視できるようにします。


やってみましょう。今回は失敗に関して
リストアップしていきます。

失敗の理由が分からなくても、とりあえず
自分がカッコ悪い失敗だなと思ったら
迷わず書いていきます。


・電車遅延のせいで15分遅刻して怒られた
・B男のせいで会議の資料が全員に行き渡らなかった
・部長のプレッシャーのせいで書類、書き損じた


この時、最初は「~のせいで」みたいな書き方をしても
いいと思います。実際にそう思ったのなら、
そうやって書いた方がいいと思います。

これでスッキリすることだってありますからね。




そして、例えば15分の遅刻の場合、
出てきた失敗とは何だろうか、と、
一度ちゃんと自分がカッコ悪いと思った部分を考えます。


その結果、「遅刻した」ことではなく、
遅刻したので「怒られた」ことがカッコ悪いと
気づくわけです。


そうなったら、今度はどうして怒られたのか、
今一度考えてみましょう。
本当に電車遅延だけが原因なのでしょうか。


「15分の遅刻だから、会社になんか畏まって
 遅れるなんて連絡入れなくてもいいだろう。
 突然の電車遅延なんだし、別に」


原因が、自分が会社に遅刻の旨を伝えなかったせいであると、
いうことが分かってきました。


では、次同じように電車遅延が発生したら、
どうしたら怒られないで済むのか、
理由が分かったと思います。

今回の場合、失敗というのは
「15分遅れたこと」ではなく
「遅刻をすることを連絡しなかったこと」であることが
分かりました。


こうやっていき、資料が全員分いきわたらなかったのは、
自分がB男に確認を取らなかったらことも原因だ、とか、
部長は別に何も悪くないだろう、
自分が勝手に緊張していただけだ、とか、


色んな失敗が見えてくるというわけです。

あとは、それを紙に書いて、同じ失敗をしないように

何度も確認をするだけです。





さて、ここまで説明した対応策を、何故か私は途中でこれを
一度辞めてしまったことがあります。

効果は確かに出てきました。いくつかの失敗は
二度と繰り返すことがなくなりました。


何故辞めたのか、それは、

紙に書いたメモを見ながら失敗を解決する姿が、

なんだか無様に見えたから。

です。


出来る男って、カンニングペーパーみたいなのを
持っていないイメージあるじゃないですか。
常にコーヒー片手に余裕があって、
微笑みが眩しいみたいな。


なんだか自分がものすごく
幼稚なことをしているんじゃないかと
恥ずかしくなってきたわけですね。

社会人にもなってメモ書き見ながら
失敗しないようにって、子供か!
みたいな感覚に己惚れてしまいました。


辞めてしばらくしたら、一度失敗したことを、
もう一度失敗してしまい、結局恥をかいたのですが。


ですので、皆さんはこれを実践する時、常に、

カッコ悪い自分を受け入れる。

ことを念頭においてください。

これを決して忘れないようにしてください。



失敗をどんどん消化していくことで、

取り繕ってしまう自分がどこかに消えていきます。

色んな失敗を解決してきたために、

余裕が生まれてくるからです。





~最後に~


私のような完璧主義出身者は、
どうしてもこういう悪い自分を治す方法として、

「ほかにもっと楽で効率的な治し方があるはずだ」

と言って、せっかく手に入れた対応策を一切使おうともせずに、

ぐずぐずその場にうずくまっていることが多いです。


千里の道も一歩より。


出来る人ほど、その一歩をものすごく

大事にするものです。

何故なら出来る人というのは、
失敗を数多く経験していて、

失敗を解決するには一歩ずつやっていくことが
一番早いということを知っているからです。


是非みなさんも、最初の一歩を、
踏み出してしてみて下さい


今回はこの辺りで記事を結びます。

最後まで読んでいただき、大変にありがとうございました!

友達ってホントに必要?人間関係に疲れたあなたに

どうもこんにちは。
ユウユウです!


仕事をしていて、上司と溝が生まれて、
そんな悩みが出来たとき、よくアドバイスされるのが、


「気の合う友人に一度相談してみたら?」

という一言です。



この質問に分かりやすい回答がやってきました。

「もし友達が一人もいなかったら?」




世界の人口は70億人を超えます。

日本の人口でさえ1億人を超えます。

東京都でさえ、1000万人以上です。


なのに「友達がいない」という人は溢れています。

そして友達がいないことを恥だと思っている人が、
日本中に溢れかえっています。


特に社会人になると友人を作ることが
難しくなっていくのが現状です。

しかし、本当に友人という存在は
必要なのでしょうか。


必要というのは、友人という存在が、
タバコのような嗜好品ではなく、
水とか塩みたいな必需品なのか、
ということを問いています。



今回は、そんな友人の必要性と、悩みの解決策について
お話させていただきます。


この記事を読むことで、今後仕事やプライベートを
より気楽に考えて頂ければ幸いです。
生きることが気楽になることは、とても良いことです。

正直、世の中結構ピリピリしています。
日本だとものすごく顕著だと思います。

そんな中で、記事にあるような考え方を持っていれば、
かなり気楽になること間違いありません。

気楽になれば相手を見る余裕も生まれるわけですから、
仕事上での人間関係も改善していきます。

あまりにも周囲の視線を気にして殻に閉じこもるあまり、
職場の人間関係に疲れてしまった例は後を絶ちません。
離職の最大の原因は職場の人間関係にあります。

しかし、離職が怖いから、周囲の視線が怖いから。

そんな悩みが明日には消え失せたら。

それで上司や同僚と普通に会話が出来たら。

それって、素晴らしいことだと思いませんか?



友人の必要性について、全く考えないまま過ごすと、
毎日やたらとピリピリした生き方が
この先待っているかもしれません。


友達の是非とか、対人関係に関連したことは、
考え方をしっかりと身につければ
恐れることはありません。

どうか最後までお付き合いくださいませ。





~友人は必要なのか~


私も同い年の友人を職場に持っていません。

というよりも、同年代の人がいません。



そして学生時代の友人は卒業と同時に
友人のアドレスを全削除するという生き方をしてきたため、
今では連絡をとっている人は一人もいません。

学生時代には、こんな私にも彼女がいましたが、
卒業と同時にこちらから別れ話をしました。



何故こんな生き方をしているか?


孤高に生きるのがカッコいいと思ったからです。

これもプライドの形の一つだと思います。

生きている以上誰かに世話になっているわけですから、
この考え方も、自己矛盾のようなものですが。


さて、社会人の友達いない事情には様々な要因があります。


・仕事が忙しい
・一人で楽しめる
・人間関係に嫌気がさした
・貯金を増やしている
・家族が大切
・プライドがある
・作ろうと思っているけれど作れない



今ざっと思いついただけでもこれだけの要因があります。



上記の私自身の友人がいない理由については、

・一人で楽しめる
・人間関係に嫌気がさした
・プライドがある

辺りが当てはまるでしょう。




この要因をすべて崩してでも、
友人が果たして必要なのでしょうか。


友達と付き合うということは、
他人の心を理解しようとするということです。


人間関係などでストレスを抱く人、
仕事が楽しかったり、一人でいることが楽しい人、

そういう人たちは無理に友人を作りません。


一人でいることが楽しいと思えるようになったら、

社会人は基本的に友人が必要なくなるのです。





~悩みが出来たとき~


しかし、社会人をやっていれば、
分からないことだらけの毎日になるでしょう。


時には、自分一人では解決できない悩みに
直面してしまうこともあるでしょう。

そんなとき、友人のいない自分はどうすればいいのか。


答えは簡単です。

インターネットで聞きましょう。


大雑把な質問版で尋ねるのもいいのですが、

悩みの内容がはっきりしているのであれば、

その悩みの種類を扱っている掲示板などに、

悩みを書いてみましょう。


私も協力しますよー。



友人がいないからといって、ネットで聞く。
これは決して妥協案ではありません。


身近な人に意見を聞くと、反対意見を言われたとき、
どうにも空気が悪くなります。
自分が完璧主義のような人ならば、尚更です。
相手の回答に憤慨するだけですからね。


しかし、目に見えない相手に質問をすることで、
嫌な回答は無視できますし、
良い回答だけを選ぶことが出来ます。

回答を選ぶことが出来るというのは、
試してみればわかりますが、本当に良いことです。




~周囲の目は気にしない~

たまにいますよね。
「友達いないやつって惨めだよな」
って友人がいない人を馬鹿にする人。
学生か、学生の心が抜けない人に多いのかな。


この人って本当に友達いるのでしょうか。


そもそも友人というのは人付き合いを心から
楽しむから出来るのであって、
出来ないことを惨めだと揶揄するのはお門違いです。


こういう批判を述べる人は、心の底から
人付き合いを楽しんでいない可能性が高いです。
少なくとも私が出会ってきた人たちに、
例外はありませんでした。


独りになるのが怖いことを、
孤独にいる人を馬鹿にすることで、
自ら言い聞かせているようなものです。


無視でいいんじゃないでしょうか、こういう人は。


無視することがプライド上許せないというのであれば、

それをネットに相談するのも一つの手段です。



~最後に~


勘違いしないで欲しいのは、

「友人はいない方が良い」

わけではないということです。


当然ですが気の許せる友人がいるというのは、

とても素晴らしいことです。


友人がいた方が、人に感謝する機会が多いため、

優しい人間になることだって出来ます。

気のおける友人がいる人は、
その人を大切にしてください。


結論として覚えてほしい考え方は、


友人はいたらいたで楽しいし、

いなければいないで、別の生き方は無限大。


ということです。


これを知らないままに、人間関係に悩むくらいならば、

気楽に生きていきたいものですね。



今回はこの辺りで記事を結びます。

最後まで読んでいただき、大変にありがとうございました!

私の話を聞いてくれやー!なんて悩みを解決するお話

どうもこんにちは。
ユウユウです!



今回は相手に自分の話を理解してもらう方法について
お話させていただきます。



世の中、大切な言葉というのは
「一言」で表すことが出来ます。

それが嘘か真実かは二の次です。



しかし嘘にしろ真実にしろ、一言で話してしまうと、
何かとカッコ悪いので、回りくどく、そして色をつけます。


例えば車なんて道路を走れて安全であれば
車としての目的は達成されています。

けれども、見てくれがカッコ悪いと困るので、
漆黒に染まっていたり、ワインレッドになっていたり、
スピーカーが良かったり、ボンネットの形がどうだとか、
嗜好品の形をこれでもかと取ろうとする。


車ならば、それがカッコいいで済みます。
高いお金を払って、それを買おうとする魅力があります。




しかし言葉はどうでしょうか。

長ったらしい話は聞き手を飽きさせます。
しかし、長い話はどこか魅力があるのでしょう。

何か重要なプレゼンであると思われたいがために、
本当に言いたいことは1分もあれば終わるのに、
15分に引き伸ばして色々と語ります。


1分だと話がすぐに終わってしまうため、
軽い内容に思われると困るため、
ずっと長い話をしたくなるものである。


それに、喋るというのは快感ですから、
難しい言葉を喋るというのは、それが虚偽でも真実でも
人間が得られる多大な快楽ですから。

やはり、長々と喋ってしまうものです。



さて、はっきりとした話し方を知らないと、
どのようになってしまうのか、
予想はつくかと思われます。


短くも、はっきりと、そして適切に
言葉を伝えることが出来れば、

相手はあなたの言いたいことをはっきりと理解し、

記憶します。

今まで言いたいことを言えなかった。
職場の同僚や上司相手にも言えなかった。

それは緊張しているだとか、うまく順序立てて
説明できないだとか、要因は様々です。

今回の記事で書かてれいることは、
そんなあなたのお悩みを解決することでしょう!

普通に、話せますよ?

普通に、会話できますよ?


そんなお話をしたいと思います。

ブログが長すぎても読む気が失せますから、
今回は本当に要点だけ話します。




~相手に理解してもらえる話し方~


自分が話している以上、相手に理解してもらわなければ
仕方がありません。

そこで、こんなことを意識してみましょう。


・肯定的に話す。
・具体的に話す。
・気持ちを込める。


この三つを覚えて頂ければ、
明日からあなたも会話上手になること間違いなしです!


と、言われましても、理由が分からないと思いますので
ピンとこないかと思います。

では、一つずつ簡単に説明させていただきます。




・肯定的に話す。

何かを説明されるとき、否定的な言葉を言われるよりも、
肯定的な言葉を使われた方が、理解度が高まります。


例えば、ダイエットの雑誌を読んでいるときに、

「夜は米を食べてはいけない」

と言われるよりも、

「夜はフルーツだけ食べよう」

と言われた方が、何をすればいいのか分かります。


ビジネス雑誌を読み漁っているときに、

「仕事のしすぎは絶対にいけない」

と言われるよりも、

「仕事は区切りの良い所で、一度止めよう」

と言われた方が、判断が楽になります。


何よりも肯定的な言葉なので気持ちの上でも

楽になってくるのです。

会話でも、肯定的に話をすることを心がけてみましょう。





・具体的に話す。

この前、レストランに妹と食事をしました。

その時に、隣のテーブルでウェイトレスさんが言いました。

「ご注文を承りました。それでは、しばらくお待ちください」


さて、しばらくとは何分のことでしょうか。

業務のマニュアルだからとやかくは言いませんが、

例えば日常会話でこんな話があったとき、

「それでは、10分ほどお待ちください」

という言葉の方が分かりやすいと思われます。

「10分」は「しばらく」と違ってはっきりとしています。

600秒という事実は不変です。


ビジネスにおいても、説明上手な人は、
こういった抽象的な言葉を使わずに、
具体的な言葉を使って説明します。

会話は具体的に話すことを、心掛けましょう。






・気持ちを込める

ものすごく失礼な質問をします。


あなたは携帯電話を買ったとき、
携帯電話の説明書、マニュアルを
ちゃんと1から10まで、隅々まで読みましたか?


私が自問自答すると、この質問の答えは「いいえ」です。

携帯会社にはとても失礼ですが、
あれってものすごく長くて退屈じゃないですか。
精密機械の説明書だから当然なのですが。


けれど、読まなくてもニュアンスで
精密機械であるはずの携帯電話は
普通に使うことができます。


何をお伝えしたいかというと、
説明書のような機械的な文章は、
読むのにものすごく疲れてしまう。
ということです。


人間がせっかく話をするのですから、
説明書のような淡々な話をするよりも、
気持ちを込めた「人間らしい」話をしたいものです。


何かを説明する時、
自分の体験談を交えた話が出来ればいいでしょう。


ほら、私が携帯電話の説明書を
長くて退屈だと思った話をしたように。




もう一度まとめましょう。

・肯定的に話す。
・具体的に話す。
・気持ちを込める。


この三つの要点を心掛けて会話をしてみましょう!





~最後に~

世の中、自分のことを「コミュ障」という人がいます。

コミュ障の話はまた今度するとしまして、

その人たちの中には、
自分が無口であることを悩んでいる人がいます。


そんな人は他人との会話の時、
今回の三つの要点を簡単にでいいので、
是非、実践してみて下さい。


「無口である」自分。
そんな自分を相手に分かってもらうために、
こんな風に話してみてはいかがでしょうか。


「私、その、会話下手なんですが、その、
あなたとの会話はとても楽しいです」


会話下手であることを知ってもらう上で、

会話が楽しいことを肯定的に伝え、
楽しいという気持ちを込めて、
あなたとの会話という具体的な話をします。


心掛けるだけで、こんな風に言葉が変わって
人に自分の気持ちを伝えることが出来れば、


それはとても素敵なことだと思います。



今回はこの辺りで記事を結びます。

最後まで読んでいただき、大変にありがとうございました!

プライドを捨てない生き方

どうもこんにちは。
ユウユウです!

突然ですが、自己紹介を。

私はプライドの塊です。


あれはやりたくない。これもやりたくない。

そのくせ、周囲の目がこれでもかというほど気になり、

今でもいわゆる「安っぽいプライド」は
捨てきれていないのではないでしょうか。


プライドって自分の努力を自分で認めたい想いから
やってくるものなので、これを捨てるということは
自己否定に繋がりそうで嫌なんですよね。


私もそんなプライドの保持にやたらと力を込めて、

汚い仕事はやりたくないし、

人に命令はされたくないし、

惨めな奴になりたくないし、

と言ったように、色んな事を考えていました。


ただ、まあプライドに拘りすぎて
ご飯が食べられなくなるのは良くないので、
その辺りのさじ加減を知るだけでもと、
勉強をしてみました。




今回はそんな簡単には捨てられないプライドと
どうやって付き合っていくかについて
お話させていただきたいと思います。


世間ではそんな安っぽいプライド
さっさと捨てなさいと、よく言われます。


先に断言しますが、
簡単にプライドは捨てられません。

だからこそ、だからこそです。


プライドとは何なのか、自分の気持ちとは何なのかを
よく知り、よく扱っていく必要があります。


世間を見ているとプライドの無い人の方が、
楽しく生きている現実は確かにそこに存在します。

ただ、私のようにプライドを容易く捨てられない人は、

ちゃんとしたプライドとの向き合い方を覚えるべきです。




これを知らないと、本当にビジネスのチャンスを失います。

安っぽいプライドの持ち主だと、職場でもいい顔をされません。

何より自分のためにならないので、


やっぱり自分に何かしらのこだわりを
持っている人というのは、それが他人に理解されずとも
一つの魅力なのではないでしょうか。


そんな自分だけのこだわり、
正しく相手に伝わってくれたら
こんなに嬉しいことはありません。


私のように「自分はプライドの塊だ!」という人は、

是非最後まで読んでほしいと思います。




~プライドと向き合う方法~



さて、プライドのせいで人生色々と苦労してきた私が、

そのことをネットで相談してみました。

プライドが高いので当時友達はいませんでしたから
ネットに頼らざるを得ませんでした。


返ってきた答えは大体が、

「そんなくだらないプライドは捨ててしまおう」

「プライドを捨てれば人生楽になれるよ」

「苦しんでいるのが分かっているのに捨てないとか馬鹿じゃないかw」

概ねこんな感じでした。


これを言われて容易くプライドを捨てられたら、
こんなに悩むはずないじゃないですか!



さて、ただ感情的になっても仕方ないので、
とりあえず上記の返ってきた答えの中にあった

「プライドを捨てれば人生楽になれるよ」

といった答えについて少し考えてみましょう。




人生が楽になるとは、どういうことでしょうか。


お金を稼ぐのが楽になるのか、

あるいはストレスを溜めづらくなるのか、

その辺りがはっきりしないことには、

捨てる理由になりはしないので、その辺りを考えます。




私のプライドというのは、要するに

惨めな姿でいたくない。
けれども、色々やりたくない。

という我儘の塊でした。



これを捨てるには、他人に何かを言われるのでは駄目。

自分で捨てなければならない。

あるいは、これを抱えながらでも生きる方法を探す。


避けたい未来が明確になりました。



さて、プライドとちゃんと向き合わなければならない
我儘な理由が見つかりました。

後はこの問題を細分化していくだけです。



「けれども、色々やりたくない」という点を、


●営業はやりたくない。
 ↓
 ○知らない人と話をしたくない。

・失言して馬鹿な人間だと思われたくないこと。
・誰かに嫌われるとか考えたくないこと。

 ○ノルマがプレッシャーになって嫌だ。

・給料が低いと社会的地位も低そう。
・上司に怒られるかもしれない未来。


●自分が惨めに見える仕事はやりたくない。
 ↓
 ○知り合いに馬鹿にされる。
 ○大卒なのに力仕事をすること。

・高卒の馬鹿に命令されること。
・なんか不良に思われそう。


※上記は一例です。
こんな感じに細分化してみて下さい。

出来るだけ細かく、本当に細かく。



細かくなっていく「耐えられないこと」が分かったところで、

さて、治していきましょう。


このとき、一気に治そうと考えるから
「プライドなんて簡単に捨てられない」という
考え方に行きつくわけです。

そこで、ものすごく細かい部分だけでも、
まずはやってみようというわけです。


私は、この「耐えられないこと」から、まずは

「高卒の馬鹿に命令されること」

これを耐えてみることにしました。


高卒の上司の命令を聞いていきます。

さて、その次の日も、とりあえず命令を聞くことに耐えながら、

今度は不良に思われることに耐えてみます。


耐えるためのモチベーションとして、
「社会人として、とりあえず食って生きていく必要がある」
ことを念頭に置きました。

この時発生した耐えがたい程のストレスは
今は上手に愚痴るなり、趣味で発散するなりして、
ひとまずは避けておきます。




こんな感じでリストアップされた「耐えられないこと」を

一つ一つ消化していきます。

するとですね、耐えられることと耐えられないことに

分かれていくわけです。


私の場合、

「なんか不良に思われそう」
に関しては耐えられましたが、

「上司に怒られるかもしれない未来」
に関しては死んでも耐えたくないと思いました。
何度繰り返しても、この恐怖だけには耐えられませんでした。


こういったように、実際にやってみて
耐えられないことが出てきたら、

それがあなたが本当に死んでもやりたくない

「耐えられないこと」

すなわち、

「プライドのせいでやりたくないこと」

となるわけです。



私は今でも二度と営業の仕事はやりたくないと思っています。

それは、ノルマで怒られることが嫌だから。


本当に耐えられないことだけを明確に見据えること。

これがプライドと向き合うということじゃないでしょうか。



そして、出てきた「耐えられないこと」の中にあった

耐えてしまったという事実、耐えられるんだという事実が、

「まずは一つ、余計なプライドを捨てられた」

ということになるのではないでしょうか。


事実私は、大卒でも高卒の上司のもとで、
力仕事の花屋をかなり楽しくやっているわけです。

でも、身についた接客や営業のスキルがいくらあろうとも、

もう二度と営業の仕事にはつきたくないと思うわけです。



さて、冒頭にあった

私のプライドというのは、要するに

惨めな姿でいたくない。
けれども、色々やりたくない。

という我儘の塊でした。


という部分ですが、
こんな風に文章を変えていくことが出来ます。

私のプライドというのは、要するに

ノルマをこなすストレスに耐えられず、
そのために色々とやりたくない。

という我儘の塊でした。


こんな感じです。惨めだと思う仕事がなくなっただけでも、

十分な進歩だなと私は思いました。



この向き合い方を知らないために、

余計なストレスをとにかく溜め込みすぎて、

周囲にきつくあたってばかりでは、

人間関係だって向上するはずがありません。


本当に簡単に、すなわち突然あっさりと
プライドは捨てられません。

この「耐えられること」を見つけることも、

ゆっくりゆっくりと、のんびりとやっていきましょう。

それぐらいでいいのです。
というよりも、

それが最高速度だと私は思います!




~最後に~


プライドは簡単には捨てられませんし、

正直私はプライドを捨てる必要なんか無いとさえ思います。


ただ、プライドを捨てない人生は
大変であることは事実です。

きっと営業をすればそれなりにいい感じの成績が
出せるかもしれないのに、
絶対に捨ててやるもんかというプライドがある。


世間の言う「プライドは捨てるべきだ」という文句は、
正しいということは十分わかっている。


けれどプライドって自分の努力を
自分で認めたい想いからやってくるものだから。

だから、自分は。


こういう人生だって、自分で決めた人生である以上、

とても立派です!


今回はこの辺りで結びます。

爆発してしまう前に…。上手な愚痴をこぼすお話

どうもこんにちは
ユウユウです。




仕事をしている以上、どんな仕事でも例外は無く、
いろんなストレスと向き合うことになります。

度合いの違いはあれど、全くストレスを感じないというのは
有り得ないと思います。



そして、そんな毎日の弱音をついつい誰かに話したい。
愚痴を聞いてもらいたいこともあると思います。


しかし愚痴というのは基本的に良いものとして
見られることは、ほぼありません。

愚痴という言葉を辞書で調べると、



1、[名]言ってもしかたのないことを言って嘆くこと。
「くどくど―を並べる」
~以下略~


こんな風に出てきます。

言っても仕方のないことだそうです。

それでも愚痴を漏らしたいということ、
人間なら一度は考えるのではないでしょうか。


上司とのいざこざ、職場での人間関係、

色んなものに疲れてちょっと休憩をしたい。

色々溜め込んでいた鬱憤を晴らしたい。



本屋やネットのビジネス系の記事やブログで
上手な愚痴の聞き方、といった愚痴に対する対処法は
色々と耳にしますよね。


一方で上手な愚痴のこぼし方というものは
比較的少ないように思われます。


上手に愚痴をこぼすことは出来ないのでしょうか。




今回は愚痴を発するこちら側の話、
「上手な愚痴り方」について
お話させていただきます。



上手な愚痴り方自体は存在します。

ストレスのコントロールが上達するため、
この方法を知っていると職場で余計なストレスを抱えても、
気にならなくなります。

何より愚痴を愚痴だと思われなくなることだってあります!

人間関係が円滑に進むのは、結局のところ
人間の気分やストレスに左右されてしまいます。



あなたも愚痴ばかり聞かされるのでは
きっとメンタル的にも参ってしまうでしょう。
相手も同じことを考えています。

そんなんでも、愚痴はこぼしたいことだってあります。

それが愚痴だと思われなかったら・・・。



一方で愚痴の下手な人というのは、それだけで
本当に、本当に嫌われます。


上手い愚痴り方を知らないばっかりに、
嫌われることのない人間関係さえも
あっさりと壊してしまうことがあります。


愚痴との正しい付き合い方を、今回は
愚痴を放つ側の視点でお話させていただきます。
どうぞ最後までよろしくお願いします。



~愚痴を知る~


「言っても仕方のないこと」である愚痴、

本当に悪いものでしょうか。


私は安っぽいプライドの塊みたいな人物像を
学生時代から続けていたために、
あまり人の悪口も言いませんでしたし、
愚痴なんて誰にもこぼしたことはありませんでした。


しかしストレスははっきりと抱いていましたし、

失敗なんかはずっと引きずる人間であるため、

そのストレスが少しずつ私の中に蓄積されていきました。



愚痴をこぼさず、ずっと我慢し続けた結果、

最終的には「うつ病」と診断されました。



ストレスを定期的に吐き出すための手段として、

愚痴というのは良いものなのではないだろうか。


そう思うようになったのも、最近になってからです。


それでも、世間では愚痴は基本的に悪いものとして
広く扱われているのが現状です。


これはきっと、愚痴り方が上手じゃないから、

そう気づいたわけです。


そもそも愚痴を全くこぼさない人間というのが、

自分が「うつ病」になってしまった過去がある以上、
とても信じられないのです。

世間で大活躍しているヒーローのような人だって、
愚痴をこぼす事実も最近知ることが出来ました。

しかしそういう人たちの愚痴は、
中々表には出てこないものです。


これは、そういう人たちが、

上手な愚痴のこぼし方を心得ているからです。


だからそもそも、その人がこぼした愚痴を、
愚痴であるとさえ認識されていない人もいます。

上手な愚痴のこぼし方、
それは一体どんな風に実践するのでしょうか。



~上手な愚痴のこぼし方~



私は上司や取引先に特に悩まされていました。

そんな人が上手に愚痴をこぼすには
どうしたらいいのでしょうか。



まず、愚痴は普段から頑張っている人がすると、
それほど聞こえが悪くはなりません。


努力して頑張っている人の愚痴というのは、
その努力を知っていればそれほど悪くは聞こえません。

一方で普段から仕事も雑で、努力が見られず、
本気で無い人の愚痴というのは惨めなものです。


まず愚痴をこぼす場合、自分がそれに足る努力を
ちゃんと普段からやっているのかを確認しましょう。



ここで言う努力というのは、本当に努力を評価します。

とてつもないプロジェクトを達成させたとか、
何か大きな商談を成立させたとかではありません。
そうではなく、サボらず頑張っているという意味です。


そのため、日ごろの行いを見つめ直しましょう。


そしてもう一つ。

愚痴る相手がまったく知らない人の愚痴を言わない。

これがものすごく重要になります。


どこの誰だか分からない人の愚痴を聞かされて、
それで何も感じないでいられるほど、
人間のストレスは甘くはありません。


「それって、もし愚痴をこぼしてさ、
 その愚痴を聞いた人が上司とかに
 告げ口する可能性があるじゃないか。」

そういった不安があるのでしたら愚痴ることは避けます。


要は愚痴をこぼす相手を選ぶのです。

さて、どんな人がいいでしょうか。



基本的に愚痴というのは共感や発散を目的としているので、

相手が愚痴に対して反論してきたり、
あまりにも共感が得られないようでは
愚痴のこぼし損となってしまいます。


一番いい相手は、自分の努力を分かってくれる人。



そして愚痴をこぼす時は、その相手が今、

何かに追い詰められている状態に無い場合に限ります。


簡単な言い方をすると、

その人が心に余裕があるときに、相手になってもらうのです。


追い詰められているときに愚痴られると、

その相手はあなたの努力を知っているわけですから、

「この人を助けなければ!」という

本来必要のないはずのプレッシャーを背負うことになります。


愚痴で相手を傷つけることは
絶対にしてはいけません。


色々話してしまったので、
ここで話をまとめておきましょう。


愚痴は、

・日頃の行いをちゃんとしている状態で、

・相手がまったく知らない人の愚痴は避け、

・自分の努力が分かってくれている人に、

・その人の心に余裕があるときに、


こぼしましょう!



~最後に~


大事なことを一言、お伝えします。


愚痴はほどほどにしましょう!


こう、テレビとかで自虐ネタとかを用いる芸人がいますよね?

あんな感じで笑い話に出来る程度で収めましょう。

愚痴は続けていると信用を失います。

愚痴ることはストレスを発散させる良いものですが、

薬も過ぎれば毒となるように、


「人の悪口を言うことが得意な人」というレッテルを貼られます。


それだけではなく、その愚痴が噂となって広まり、

あなたの社会的地位さえも落とす可能性があります。


ほどほどの見極めが分からないという場合には、

「ネタに出来そうにないのならば、愚痴らない」


ということを覚えていれば、大丈夫です。



ストレス社会の中、なるべく楽に生きていきたいですね。


今回はこの辺りで記事を結びます。